日本美術刀剣保存協会和歌山県支部

楽久我喜帖

日本美術刀剣保存協会|和歌山|紀州|

楽久我喜帖

楽久我喜帖

私と日本刀

< 鳥渕 建蔵 >

私の父も愛刀家でした。
昔から”蛙の子は蛙”とはよくいったもので、その影響か知らず知らずの間に日本刀愛好家の仲間入りをしておったという次第です。
刀剣の勉強をするについて、一番有難かったのは父が数々の刀剣関係の専門書を手元に残してくれていた事です。
今でも父の愛読書を開く度に、父と二人で夜の更けるも忘れて語り合った刀剣談義が懐かしく蘇って来ます。
特に、いつも話の終わりには『少しは名の通った良い刀が欲しいな~』と口癖の様に言っていたのをつい先日の様に思いだしたりしている今日です。
実は、私の先祖は刀に大変深く縁のある仕事で、江戸時代には代々お庭番(今で云う忍者)であったと聞かされています。
江戸時代末の天保年間、先祖が江戸へ下る時に大小二本差しで行った事は記録に残っていますが、残念乍ら今は家にその刀は残っておりません。
随分前置きが長くなりましたが、私も愛刀家の一人として古刀に大変魅力を感じておりますし、古刀の中にこそ名刀があるとさえ思っています。
しかし、時代が上れば上るほど疵や研ぎ減りが目立つのは当然でありましょうし、寧ろ欠点の無い刀など先ず無いと云っていいでしょう。
従って、一般的には古刀の場合、多少の疵欠点は許されている傾向にありますが、私個人の性格として何故かそうしたものを人一倍気にする傾向にあります。
従って、いつか刀剣を購入するならばたとえ新々刀でもいいから疵や欠点の無い健全なものを・・・を常々思っておりました。
当支部へ入会して間もなく定例研究会があり、その会へ出席した時に鑑定刀として出品されていた刀の中に偶々オォ~と唸らされた一振を見る機会がありました。
その刀は新々刀で、銘は大龍斎宗寛。
当日、帰宅して早速刀剣書を見ますと、宗寛の作品には殆ど年紀が入っており、刃文も丁字乱れの華やかなものが多いと記載されていました。
正に研究会で拝見した宗寛はその典型作で、私もいつかこんな刀が欲しいな~と思っておりました。
出来れば刃取りも宗寛晩年の小互の目丁子よりも、壮年期の作に多い師の固山宗次に迫る高低差のある互の目丁子の華やかなものを欲しいと・・・。
そしてこの願い天に通じたのか、偶然(奇跡的と言うべきか)にも或る刀剣店に夢にまで見ていたあの宗寛が売りに出たのです。
銘は秦龍斎宗寛造之、安政三丙辰年二月日と年紀が入り、ゴリッとして如何にも新々刀然とした刀です。
更に、地鉄・刃文共に私の望んでいた通りの刀で、勿論私の一番気にする疵欠点は微塵も有りません。
時代拵えも付き、白鞘には日刀保の田野辺道広先生の鞘書も有ることから「正真間違いなし」と考え、多少の迷いは有りましたが思い切って手元に置くことにしました。
気持の滅入った時、気持の苛立った時、この宗寛を手入れしたり鑑賞したりしていますと、何故か心の中が華やかになり、気持も落ち着きます。
また、来る日への希望が大きくなるのを覚えるのです。
皆様方におかれましては、浅学の私ですが、今後とも宜しくお願い申し上げます。

<   ・ 一覧へ戻る  ・  >