日本美術刀剣保存協会和歌山県支部

楽久我喜帖

日本美術刀剣保存協会|和歌山|紀州|

楽久我喜帖

楽久我喜帖

”蛙の子は蛙”

< 安達 茂文 >

<刀銘・龍神太郎源貞茂>
思えば、この仕事(刀鍛冶)に入って早や三十五年の歳月が流れた。
子供の頃から父親の背中を見て育ち、己自身は全く何の抵抗もなく仕事場で汗を流していたことが、ついこの間のような気がする。
しかし、当時は両親にしてみれば些か複雑な気持であったに違いない。
改めて、三十五年と数ヶ月を振り返ってみた。
両親は出来得ればせめて高校への進学を望んでいた様であるが、根っから学業が嫌いな性分、この辺りは父が一番よく判っていてくれたようで、特に問題なくクリアー出来た。
問題は母親である。
中学の卒業式を数日後に控えた夕方、畑仕事の手を休めモンペ姿で畦に座り、「頼むさかぁ刀鍛冶になるのだけはやめてくれぇ」と、大粒の涙を流し説得を受けたことがある。
暫く言葉らしい言葉にならなかったが、余程辛く苦しい時を重ねてきたであろうことはある程度想像はついていたつもりであるが、結局のところ己の好きな道を選んでしまった。
まったくの親不孝である。
色々あって家業の見習いは続くが、二年三年と経つに連れて周りの同級生との格差のようなものを感じ始めた。
格好良くいえば、「青春の矛盾」とでも云おうか、兎に角不安に時期があったことも事実である。
しかし、この不安を払拭してくれたのが一冊の本である。
その本の表題には『日本刀に生きる』とあり著者は月山貞一、先にも述べた通り学が無い者には些か難しい漢字がずらずらと並んでおり、始めは跳ばしながら読んだものである。
更に深く内容を掴みたく、辞書を片手に何回も繰り返し読んでいく内に、特に細かい写実的な刀身彫りに魅入ってしまったのである。
結局、この事が切っ掛けで自身の大きな転換期を迎えることになる。
又、最近気が付いたことがある。
・・・と云うのは今迄の間、試行錯誤しながら色々なものを手掛けて来たが、或いは己の技術が段々と「へたくそ~」に成りつつあるのではなかろうか・・・と。
人間三十数年も同じ仕事に携わっておれば、例えどのような職業であっても或る程度の成果を得られるのではなかろうかと考えると、気分もやや失速気味になる。
先代が生前、「刀を作る事は難しいが、刀を作ろうとする人間を作るのはもっと難しい」と口癖のように云っていた。
今でもこの言葉を思い起こす度に、日々押し潰されそうな気分になるのである。
今日まで大勢の方々に賜ったご指導とご支援に応える為にも、また自分自身の残りの人生に悔いを残さない為にも、益々精進を重ねて結果を出さなければと思っている。
そしていつの日か堂々と胸を張って親蛙に報告したい。

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