日本美術刀剣保存協会和歌山県支部

楽久我喜帖

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楽久我喜帖

楽久我喜帖

刀剣趣味万歳

< 西畑 茂行 >

私は、当世何かと話題の団塊の世代です。
生まれてすぐ母親と死別、祖父母の手で育てられました。
祖父の教えの一つに”苦あれば楽あり・・・楽あれば苦あり”があり、その他”真面目が一番”、”何事も一生懸命”等々、色々な人生訓を学び大きくなりました。
祖父母の家は、代々の古い骨董類が沢山残っているような相当な旧家で、学校を出るまではそんな環境で育った訳です。
或いは、それらの全てが私の刀剣趣味の原点になっているのかも知れません。
卒業後は和歌山に出て、自動車整備の仕事に就いた訳ですが、あっという間に四十数年の歳月が過ぎ去って行きました。
ご近所に刀剣趣味で著名な多部氏(前当支部相談役)が居られ、同氏の自動車の整備をさせて頂くうちにその影響を受け、徐々に私も刀剣に心を惹かれるようになっていきました。
更に、同氏の友達であった中北氏にも刀剣の魅力について色々教えて貰い、この道をつけて頂いたことに対し、ずっと感謝の気持を持ち続けております。
実父と離れて暮らす私には、親代わりとも師匠とも頼りにしていましたお二人が、続いてお亡くなった時の悲しみは、今も決して忘れることが出来ません。
その後は、自分でコツコツと刀剣の知識を会得して来ましたが、専門書からの勉強は時間もかかり、改めて二人の偉大さを痛感している昨今です。
私が最初に手に入れた刀は無銘の脇差で、自分の「守り刀」と妻を説得、次の刀は息子の「守り刀」と言い訳し、その次は孫の「守り刀」と言い訳し、数本所持しています。
鐔は、自分への語法日として記念日毎に一つずつ買い求めてきたものです。
刀剣ならずとも、年老いて勉強するのは大変ですが、研究会の折の雑談が大変楽しいですし、家族ともいい距離があり、これからも一生続けられれば・・・と考えています。
最後に、私の「守り刀」の中の一振りをご紹介します。
本刀は、二寸強の擦上げが惜しまれますが、二尺三寸七分有余の堂々とした打刀姿で、「於紀州冨田三郎兵衛(以下切)」と銘がある典型的な紀州石堂の上作です。
刀工銘は擦上により欠落しておりますが、支部長執筆の「紀州石堂に関する一考察『刀剣美術』(第五八四~五八六号)参照」で紀州石堂の祖「安廣」と判明、特に「冨田三郎兵衛」の俗名は他に例を見ないことから、自慢の一振りとして愛蔵しています。

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